デジタル庁が設立されたのは、コロナ禍に実施された10万円の特別定額給付金で自治体が混乱したことがきっかけです。規制改革や効率化が大好きで剛腕な菅政権下で、国や全国の自治体を含めた行政システムを重要な社会インフラとしてデジタル連携させ、変革するために設立されました。
医療福祉分野はすでにデジタル機器の導入がかなり進んでいる
医療福祉分野で進むマイナンバー導入やワクチン接種記録システム(VRS)利用は、期待ほど進んでいないと言われがちですが、デジタル庁での仕事のごく一部分に過ぎません。現在進んでいる同庁での仕事の多くは、各省庁や自治体に共通化・標準化したシステムを提供して、国民に良いサービスを提供できるインフラを整えることです。急ピッチで進むガバメントクラウドサービスへの移行で全国どこからでもマイナポータルが利用できるようになれば、全国民がデジタル本来の利便性を実感できるようになりますが、それまで2、3年かかりそうです1)。
一方、日本は豊かな国なので、デジタル化はかなり進んでいます。例えば、読者の皆さんの家や職場でパソコンの1つも置いていないというところは、ほぼないと思います。問題は「デジタル連携による効率化された働きを前提に、世の中の仕組みができていない」ということにあります。
その象徴となっていたのが「契約書」と「認印」です。パソコン普及は1980年代から始まりましたが、デジタル化以前の紙ベースの仕組みや習慣を、そのままデジタル上に置き換えて使われています。その結果、大量の紙が無駄に印刷され、ケアマネジャーやヘルパー、役人たちは会議や印鑑リレーで走りまわることにエネルギーの多くを費やし、確認のためのファックスで回線が長い時間話し中となっています。
しかし、そのような効率の悪い無駄が許容されてきたのも理由がありました。日本は、長年人口増加が続いていましたので、旧来の紙ベース時代の習慣として人手を必要とする仕事を残しておくことは、雇用を維持するのに有利だったのです。
デジタル庁は行政をテクノロジーベースの法体系に変換する
作業を行っている
2008年に日本の人口増加は頂点を迎え、それ以降は減少し続けています。人手を必要とする仕事を残す「旧来のルールに縛られる、ルールを変えにくい社会や事業」は、急いで変更しなくてはなりません。
2022年5月30日、デジタル庁のサイトで小林史明副大臣がインタビュー2)に答えた同庁での作業内容を要約すると以下のようになります。
①省庁や全国の自治体は「紙ベース置換型の社会」からデジタル連携の恩恵を最大にして、“人材の効率利用”を優先してデザインし直されることになる。「ルールはより良く素早く変えられる、最適化が優先」という形の、テクノロジーの良いところを取り入れることになる。
②「これを使うと、より良いサービスになる、より人材の無駄も省ける」ことを実現し、更新し続けるため、行政システムのデザインが見直され、デジタル化の恩恵を受けて国民が働くことができる環境を整えることになる。
③このためには、それに合わせた社会制度の法体系を作る必要がある。
④デジタル庁で今やっているのは、新幹線や高速道路整備に置き換えれば、建築基準法や車両規格を作り、道路交通法を整備すること。皆さんの手元に既にパソコンはあるので、今までの泥だらけのあぜ道から、これを舗装された高速道路につなぎ変えようとしている。
では、このイメージばかり先行していて、「良いことは言っているが、何をするのか具体的にわからない」ことをどのようにして実現するというのでしょうか。
水面下では10年の変化が1年で起こるスピードで変わっている
前述のインタビューによればデジタル庁の改革の基礎的手法となっているのは、菅政権下で実現した「押印廃止」と「VRS導入」です。
「押印廃止」は、印鑑を押すという単に無駄な作業を止めただけではありません。行政改革のスピードを"超加速"させる手法の貴重な前例となりました。それは、日本国内の全省庁での法律を横断的に見直し、48本の法律を一括改正させることで押印廃止ができたからです。今まで1つの法案改正で1つの法律だけだったので、従来比で48倍の効率アップです。
この手法を拡大応用することでデジタル庁開庁の2021年9月以来、現在までに全省庁を横断的に網羅して調査、今後3年間で1万の法令、3万の通知、通達、ガイドラインを見直す予定3)です。

なお、私たちが専門とする福祉分野に関連する法令を含めた約1万の法令の中に、押印や対面、目視等のアナログ的な手法を求める条項は5,000項目ほどあることが、デジタル臨時行政調査会の事前調査で明らかになっています。これが一気に取り除かれようとしているのです4)。

菅政権の遺産「VRS導入」の成功がもたらした課題解決スタイル
コロナ禍に対応するため必要となった1億人に対するワクチン2回接種、これに威力を発揮したのがVRSだった事は、第5回でも取り上げました。
旧来のファックス集計では、各窓口から接種状況データを集め統合整理するまで2~3カ月かかっていたのに対し、VRSでは入力したと同時にリアルタイムで接種記録が集計・把握され、その場で確認ができました。さらにワクチンの廃棄ロスを極限まで少なくするために、VRS開発で使用されたSlack(スラック)と呼ばれるビジネスチャットツールも利用されたのです。
官僚だけでなく民間や自治体からも含め多様な立場や職場のメンバーと、廃棄ロスの発生原因となっている問題点を共有、ビジネスチャットのオンライン上で20分位の短時間会議を毎日行ったり、SNSなども利用したりして医療機関や自治体から上がってくる要望を汲み取りました。
オンライン上で、実際の現場で発生していることを確認することで、首都圏と地方という東西3,000キロに及ぶ遠距離をものともせず、デジタルでリアルタイムに双方向のやりとりをして問題解決に当たったのです。これにより全国で1日100万人の接種目標を超え、最高170万人の大台に乗り、ワクチンの供給が接種に追いつかないほどの成功となったのです。
ビジネスチャットツールを利用した手法が分野横断連携の原点
この「ワクチンの廃棄ロスを減らす」という民間、行政、医療の枠を超えた複雑系の課題に対し、ビジネスチャットを活用することで得られた最大の成果は、「意思決定の過程を後から参加者が検証できること」です。
途中参加でも、チャットの過去履歴をチェックするだけで即座にチームの価値判断の軸を共有できる。さらに問題が発生しても、すぐに全員に知らせることができ、解決の糸口をメンバーの誰かが掴んだら即座に全員が共有できる。
このように意思決定過程の検証がお互いに容易にできるので、今までの役所仕事についてまわっていたような「順番に一個ずつ上司に稟議を上げて、ハンコ決済で全部署に回覧して意思決定の了承や共有を仰ぐ」という時間のロスもありません。
デジタル庁の小林史明副大臣は、岸田総理から送り込まれた岸田軍団のお目付役です。VRS開発にも関わっていた小林副大臣や平井元デジタル相(岸田派)は、岸田総理にその効果と効率性を伝え、デジタル化推進の方針を決定する過程に大きな影響を与えています。
本連載の第11回で取り上げた社会保障審議会介護保険部会で、分野横断的な連携の方向での議論を行う誘導が指示されていたのにも、このVRSの成功体験からのイメージが色濃く反映されています。将来行われるデジタル連携では、分野をまたいだ仕事効率化が標準となることが前提とされているのです。
これが、オンラインによる連携の進化が経営の大規模化・集約化の呼び水となる理由です。ビジネスチャットのようなツール利用での連携の質的な濃密化と、コロナ禍の終わりと共に顔の見える関係の復活での交流も始まります。さらに人員不足へ対応のため、他分野との共働がLIFEシステムのバージョンアップを通じて、医療介護分野の変化を加速してゆくことになるのです。
次回はデジタル・トランスフォーメーションが福祉業界に何をもたらすかについて解説します。
引用・参考文献
1)デジタル庁:デジタル臨時行政調査会作業部会(第12回)(令和4年8月9日開催)
資料2 デジタル臨調の取り組みの現状と今後の予定について
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c31fff19-1977-4dc2-9824-
92e40bd81e06/aebe9868/20220809_meeting_administrative_research_working_group_outline_02.pdf
(2022年8月閲覧)
2)デジタル庁:副大臣・小林史明が語る①〜④
https://digital-gov.note.jp/n/n9b359ba6e028(2022年8月閲覧)
https://digital-gov.note.jp/n/ncbe1c46ad5e0(2022年8月閲覧)
https://digital-gov.note.jp/n/nef0db05b1b25(2022年8月閲覧)
https://digital-gov.note.jp/n/ne2e6281812b8(2022年8月閲覧)
3)デジタル庁:デジタル臨時行政調査会(第3回)(令和4年3月30日)
資料1 デジタル原則を踏まえた規制の横断的見直しの進歩と課題について
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/77bcb85a-52bb-4f82-
b8d1-568b310b77a7/20220330_meeting_administrative_research_outline_01.pdf(2022年8月閲覧)
4)デジタル庁:デジタル臨時行政調査会(第4回)(令和4年6月3日)
資料1 デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン(案)について(プレゼン資料)
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/cb5865d2-8031-4595-
8930-8761fb6bbe10/00f504c3/20220603_meeting_administrative_research_outline_01.pdf
(2022年8月閲覧) |