第14回で取り上げたように、デジタル庁では水面下で今までの数十倍の効率で行政システムの見直しを進めています。ただし、内部調査ですから外側からはこの動きは全く見えないので、どちらかと言えばデジタル庁での作業は停滞気味に見えています。
日本で合併でなく役所が新設されるというのは数十年ぶりです。混乱から何か大失敗が起きて記事にできるのではないかと、新聞・雑誌やテレビなどのマスコミからは鵜の目鷹の目で見られています。
その結果、2021年11月~2022年4月までの間にメールの誤送信が5回あったデジタル庁に対し「(規律が)緩んでいる」と批判したり、総務省や経済産業省から引き継いだシステムに不具合が発生すると「システムトラブルが相次いでいる」「デジタル敗戦を再び招きかねない」などと指摘したりするようなネガティブな報道が多くなっています。
一方で、新設されたばかりのデジタル庁が、全省庁や民間のシステム開発ベンダーと1万の法令、3万の通知・通達・ガイドラインの見直しや確認のために膨大な量のメールなどのやり取りをする中で、たった5件の誤送信程度で済んでいること自体が、集められた職員たちの「有能さ」と「士気の高さ」を物語っているのではないかと思います。
デジタル化とDXは別物であり、
デジタル庁でも最初からうまくいったわけではない
福祉業界でのデジタル化のイメージは、排泄表や食事量などの入力をタブレットでするようになったり、起き上がりセンサーが睡眠状態や心拍モニターもするように少し性能が高く置き換わったりする程度の認識です。
しかし、こうしたイメージは今の仕事を何も変えずに、ただ機械に置き換えたもので「紙ベース時代の仕組みや習慣をそのままに、ある程度は人海戦術で処理する無駄を温存する」という旧来のやり方の延長線上にあるものと同じです。
医療DX は「デジタル・トランスフォーメーション=変革」ですから、やり方がまったく変わるのです。果たして、スムーズにうまく行くのでしょうか。
前述のようにデジタル庁には精鋭が集められ、デジタル方面のトラブルはほぼないのですが、仕事の仕組みやルールを切り替えるのは、人間のやることですからトラブルなしとはいきませんでした。
デジタル庁は600名のスタッフで始まり、2022年4月でには730名に増員されています。その約3分の1にあたる200名が非常勤の民間出身者で占められています。残りの3分の2近くは各省庁から集められた役人たちで、一番数が多いのは総務省出身者で100名、他の自治体からの出向者も41名含まれています。
デジタル庁の混乱の様子は数年後の福祉業界の姿
有能な役人たちの多くは、情報通信の担当だった経歴を買われて配置されています。エクセル、ワード文書は使えますし、メールに親しんでもいます。
しかし、デジタル化には慣れていますが、文書決済よりもビジネス情報共有ツールでの既読(電子署名)でスケジュール調整や意思決定が行われ、進行状況がチェックされるという環境で働いたことはありません。デジタル庁が文書削減・押印廃止、テレワークによる会議効率化を推し進める役所であることはわかっていますが、「頭にある仕事のイメージ」を切り替えることはなかなかできないようです。
その実例として、昨年9月にデジタル庁が開庁して3週間もしないうちに、霞ヶ関流の厳格な根回しや報告が得意な総務省や法務省などの出身者や、局長級の「仕事が"できる"」とされる20~30人の官僚が兼務の形であらゆる案件に絡み始め、役所内でのリアル会議を多数開催し始めました。彼らからするとビジネスチャットは、メールの変形くらいにしか感じられなかったのです。
一方で、デジタル庁は通常の数十倍の効率で作業を進めています。旧来方式の会議に備えて同じように根拠書類を作らせると、他省出身の官僚からしても異常な水準で多量の根回しの稟議書や進行状況の報告書作成が求められることになります。当然ですが、人間のできることではありません。その結果、同年11月末には民間出身のIT技術者10人近くが退職願を提出、2021年度末で一斉退職する事態が発生しました。
この事態を重く見た大臣級から、改めて局長級官僚全員が集められ諌めを受けたのでしょう。昨年12月24日に局長級全員の連名で戦略・組織グループ長から、「新しい霞ヶ関文化を作るはずが苦労をかけてしまった」との内容で謝罪メールが職員全員に送られました。そして、年明けからは局長級やその下の官僚達も、ビジネスチャットのツールの「チームス」や「スラック」にデビューするようになったのです1)。
つまり、福祉業界のわたしたちもトランスフォーメーションに際しては、「『頭にある旧来の仕事のイメージ』を切り替えることで苦労することになる。これからはビジネスチャットが組み込まれたシステムで、医療や障害分野とも連携して仕事をすることを求められる。管理職の地位や常勤・非常勤の区別なく、その『変化と責任を受け入れる覚悟をする』必要がある。そのような未来が数年後に迫っている」ということを、デジタル庁の混乱の姿が示しているのです。
連携・協働、兼務などは、
その「組む相手の責任」も受け入れるということ
第11回で取り上げた全世代型社会保障構築会議の医療・介護・福祉サービス2)をもう一度見てください。

医療・介護・福祉サービスは一括りに同列に扱われ、地域医療構想と一緒に医療・介護の提供体制の改革が推進されることになっています。岸田総理主導の医療DXでは、わたしたち福祉業界も医療も含めた分野横断で連携することになるのです。
わかりやすい例として「新型コロナウイルス感染症」への対応を挙げれば、介護現場では「病院じゃないのだから、入院させればいいじゃない」「非常勤の立場の私がどうして感染リスクを負わなければならないの?常勤がやりなさいよ」などの会話をしていないでしょうか。
今後は分野を跨いで連携して仕事をすることが当たり前となるのですから、「今までとは違うルール」や「その結果生じる責任」も一部受け入れることが求められます。例えば、新しい感染症や大規模災害で患者や被災者が大量発生すれば、トリアージ(緊急度に応じた選別)が行われ、重症者は病院に送られ、軽症者は介護施設や障害施設でも一時的に対応するのが"普通"になるということです。
その連携・協働・兼務とその責任が移譲される動きは、医療分野では医師の指示なしには許されなかったものが看護師の判断で一部できるようになったり、投薬の判断を医師に代わり薬剤師が一部できるようになったりする動きとして顕在化してきています。
また、療養病院では介護職が足りないので、看護師が介護を行っています。人手不足は深刻化する一方なので、副業で隙間時間を埋める人材を業務に組み込むことになるのですが、そうなればその責任には常勤や非常勤といった境目はありません。
岸田政権では分配戦略で給与所得倍増計画を掲げています。先行して国が率先して、看護・介護・保育・幼児教育などの分野において、給与の引き上げ3)を行っていますが、それには当然ながら給与アップに見合った責任も伴うのです。
数年後に迫る福祉業界での医療DX導入の荒波は、「常勤だから全部やって当然でしょ」などと責任やリスクを同僚に押しつけたり、「非常勤だから自分の都合のみで勤務を申請して、あとは常勤に任せればいい(連携責任放棄)」「(福祉施設は)医療機関ではないのだから、感染者は一時的でも預からなくていい」などと甘えさせてくれるようなものではないことを、我々は覚悟しなくてはならないのです。
一方で、12万床とも言われる療養型病院や零細施設や病院に人材が分散配置されてしまい非効率になっている現状が整理される過程で、「人材の再配分」や「大幅な金銭的補助による機械化や仕事の見直しによる効率化」により余裕が生まれることへの期待も高まります。
次回は、医療DXに対する内閣改造の意味を解説します。
引用・参考文献
1)日本経済新聞:2面 総合1 迫真 もがくデジタル庁 「会議に出たくない」(2022年4月19日)
2)内閣官房:第5回全世代型社会保障構築会議(令和4年5月17日)
資料2 全世代型社会保障構築会議 議論の中間整理(概要)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_hosyo/dai5/siryou2.pdf
3)首相官邸:岸田内閣主要政策 02.新しい資本主義 ②分配戦略 (1)所得の向上につながる「賃上げ」
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seisaku_kishida/newcapitalism.html |