施設マネジメント


【第20回】 「医療保険や介護保険の次期改定も財務省案に沿うことが
    ほぼ確定した(下)」

【長期国債の信用が暴落し、英国トラス政権は49日で崩壊】

 日本はEUのような巨大経済圏の一員ではありません。単独国家で国債の信用が急低下したらどうなるのでしょうか。

 この参考になりそうなのがEUより離脱したイギリス1)です。昨年春からウクライナ情勢を受けて電力やガスといったエネルギー価格が高騰。生活苦により批判が高まって倒れたジョンソン政権にかわり、保守党の新党首に選ばれたトラス氏が首相に就任したのが2022年9月6日です。すぐさま、打ち出されたのが年間600億ポンド(約9兆円)を投じて一般国民の光熱費を年2,500ポンドまでに抑える政策と、年間450億ポンド(約7兆円)の大減税を中心にした種々の規制緩和で経済成長を目指す政策でした。これらは、財源の裏付けも不明確で、財政規律の達成状況のチェック体制も軽んじていることを理由に猛反対した財務省の事務次官を解任して強行されました。

 政策が発表されたのは9月23日でしたが、その後わずか3営業日で財政規律の軽視が嫌気され、英国債30年物の金利は約50%近く上昇しました。それまでは3.2%程度だったのですが、最高4.7%に急騰したのです。この影響は中央銀行であるイングランド銀行も予想していなかった経路で、金融システムを不安定化しました。

 あまりの急騰に年金基金の投資運用において資金繰りが間に合わず、運用ファンドが資産投げ売りに追い込まれたのです。イングランド銀行は9月28日に「国債を買い支える介入を行う」と発表し、10月17日にはトラス政権は光熱費抑制政策や減税計画をほぼ全部撤回せざるを得なくなりました。また保守党内での批判も高まり、トラス首相は金融市場の混乱を抑えるためクワーティング財務大臣を解任、ハント氏を新財務大臣に任命しました。これに抗議したベーコン内相が10月19日に辞任するなど、ジョンソン前政権末期同様の政治混乱が広がり、トラス政権の崩壊は時間の問題となりました。

 AFP通信10月20日の記事では、英消費者団体が行った調査で国内世帯の半分が「食事回数を減らしている」、80%が「経済的に苦しい」と回答していると発表がありました。多くの国民が頼りとする年金が取り崩しとなったのですから、無理もありません。

 トラス政権にも財政規律について一定の配慮はあり、発表された経済成長政策では中長期で政府債務を減らすため歳出を抑えることを明言していました。さらに英国は英連邦の盟主であり、旧国際通貨であったポンドの信用力は非常に高かったのですが、国債市場の動揺は防げなかったのです。

 そして10月25日にはスナク政権が発足し、トラス政権は英国史上で最短の49日で在任期間を終えました。スナク新政権は財政規律を中心に政策を大幅に修正し、厳しさで定評がある独立財政機関と財務省で互いに10回以上チェックさせた上で、増税と歳出削減による財政再建策を公表し金融危機を収束させています2)

【国防費倍増についての財政的裏付けを
 財務省に説明させざるを得なくなった】

 第19回でも取り上げたように、日本のGDP比での債務事情は英国の2倍以上に重い状況となっています。単月とはいえ日本でも経常収支が一時的に赤字となったほどエネルギー輸入価格や物流費が上昇している状況で、年間で数兆円規模の新たな国防費倍増は慎重に財政的裏付け説明を行わなければなりません。

 なぜなら、うまく国際的な信認を維持しながら進めなければ、長期国債利率の暴落によってトラス政権が倒れたように、岸田政権の崩壊を招きかねないからです。もはや安易に国債を新規乱発するなど許されません。自民党内の安倍派議員が国防費について増税を避け臨時国債発行で対応することを唱えても耳を貸さず、「聞く耳を持つのが売りの岸田首相が“聞く耳を持たなかった”」と党内外からの批判に晒されることになったのもこのためです。

 国防費倍増には、財務省が予算面でも明確に支持しており、財源の確保もしっかり検討され目処がたっていることを国際的な納得が得られるように説明しなければなりません。さらに防衛省とNSSとしては、歳出削減を進め経常収支での黒字を戦闘が発生する直前まで死守する必要があります3)。日本の継戦能力=国債発行余力は、いざ戦争となっても終結後に“国際経済が回復さえすれば、再び黒字が続く状態に戻り確実に債務は償還されるはず”という国債市場での高い期待感に依存しているのです。

 2022年10月20日に岸田首相は、「防衛力の根本的な強化に向けて検討を進める政府の有識者会議」において防衛省からではなく、財務大臣から第3回の有識者会議で基本的な財源確保について報告するように指示4)しました。この指示は報道されたものの国民の強い関心を引いたりしませんでしたが、福祉業界にとっては大きな意味を持ちます。国防費を確保するため、歳出削減と増税を前提として財務省に見通しを説明させるのですから、「社会保障を含む予算からの絞り取りは、財務省案に沿って着実に行えば確実に数兆円分を確保できます」と国内外に宣言することと同じだからです。

 そして財務省と防衛省で折衝をした結果、国防費は5年間で総額43.5兆円5)と決まりました。2023年度は税金でやりくりし、2024年度以降は歳出改革等で具体的財源を捻出することを目指す意向で本年6月16日防衛財源確保法が成立、歳出改革では3兆円強を確保することを見込んでいます。

【社会保障費の削減は、最高で年間目標額3.2兆円となることが
 予想される】

 5年間で43.5兆円という事は、1年間で8.7兆円です。2022年度は5.4兆円の国防費でしたから、差し引き3.3兆円をさらに追加の国債の発行なしで実現させることになります。

 前述のように国債の信任を維持するには、財務省が国際的な理解が得られやすい形で外国に説明できることが前提です。ということは、財務省が行った対外的説明との整合性が問題となり、国内での問題として内々に歳出削減方法を処理できる余地は“より狭まる”ことになります。その結果、厚生労働省で議論される次期改定内容も、医療保険や介護保険の絞られ方も高い確率で財務省案に沿う流れとなります。これが医療介護保険部会で異様に財務省案(財政制度等審議会での改革案)への誘導が強くなった理由です。

 総理が本部長となり取り組む医療DXでは、国民の反発が強く大幅な増税が困難であった場合、最高で年間3.3兆円の歳出削減が目標とされると考えなくてはなりません。

 介護保険部会での議事録をチェックすると、経常収支の単月赤字が報告された上半期2022年4月以降から財政制度等審議会での改革論点は、引き合いに出され言及される頻度が高まっています。第18回で取り上げた財政制度等審議会での改革論点の大半は、そのままに近い形で我々に課せられることを前提として、経営判断を下す必要があるのです。

【医療介護業界再編への対応策も政府が力を注ぐ
 「国債の信認の維持」にヒントがある】

 前回で国際的な日本国債の信用力=「現在から将来までの財政状況の安定に関する期待が高いこと」を取り上げました。財務省は財政悪化の主因に高齢化に伴う社会保障関係費の増加を挙げ、経済対策も財政規模よりも成果を出せるような集中投資の徹底を求めています。

 しかし、“お金を出さない”と言っているのではありません。国債の格付けを維持するため、低水準の潜在成長率を向上させる必要もあり、このためには投資が必要です。財務省が全面協力し、大幅な補助率で補助金を付けてでも介護ロボットやICTを導入させているのは、医療や介護分野でのDXによる大きな改革が国際信用を高めるのに必須であることと無関係ではありません。


 2022年11月24日、岸田総理は首相官邸で行われた第3回スタートアップ育成会に出席し、「5カ年計画で、現在8000億円の年間育成予算を2027年までに10兆円規模に10倍増させ、日本をアジア最大のスタートアップハブに育て上げる。ユニコーン企業100社、スタートアップ10万社創出を目標とする」と発表6)しました。将来も日本が成長し続け、経常黒字が続く分野を育てることに対しては、10倍の予算、大幅な優遇策が惜しみなく注がれることに注目してください。

 現在の科学的介護で効果が検証されている部分は、過去に特養や老健が介護報酬獲得のため提出した経験的知見のデータを基に構成されています。またデータ収集自体についても、全国規模で行われているのは介護報酬に関連する部分だけで、他の部分についてはほぼ手付かずです。

 今後の医療介護DXの進展過程では、多様なセンサー機器の導入によりデジタル生データが収集・蓄積されます。そしてこれをビッグデータ解析することにより科学的効果が豊かに切り出されることでしょう。

 医療介護分野の事業所は大半が中小零細企業ですが、この分野のデジタル連携はこれからで、全ての企業に平等に利用機会が開かれている状況です。

 第2回で取り上げたように、アジア新興国の高齢化は日本以上のスピードで進行します。岸田政権では、急速に拡大してゆくアジア新興国の医療介護市場において、先んじて高齢化対策に取り組む先進国となっているメリットを最大限に生かすつもりです。その時にスタートアップが実証データを利用して国内外で科学的効果を商用化する切り口を得るのには、介護事業所のもつ経験知が必要です。

 ここに介護事業所がスタートアップとコラボレーションしたり、介護保険外サービス分野への移行を実現したり、政府の援助や投資を潤沢に引き出したりするチャンスも広がっているのです。

引用・参考文献
1)日本経済新聞16面【Analysis】 危機と分断の時代③財政への信認失うのは一瞬(令和5年1月6日)
2)財務省:財政制度等審議会「歴史的転換における財政」参考2 資料Ⅱ-2-2格付会社の見方、
  資料Ⅱ-2-5イギリスの事例(トラス・ショックとその後の動き)(令和5年5月29日)
3)財務省:財政制度等審議会「歴史的転換における財政」参考2 資料Ⅱ-2-2格付会社の見方、
  資料Ⅱ-3-4安全保障の観点からの経済・金融・財政(令和5年5月29日)
4)首相官邸:総理の1日 #外交・安全保障 令和4年10月20日
  「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」
5)財務省:財政制度等審議会「歴史的転換における財政」参考2 資料Ⅱ-3-5防衛力整備計画の概要
  (令和5年5月29日)
6)首相官邸:総理の1日 #新しい資本主義#成長戦略#科学技術・イノベーション
  令和4年11月24日「スタートアップ育成分科会」
7)財務省:歴史的転機における財政 令和5年5月29日 財政制度等審議会 参考資料(1),P.81