災害対策


【第1回】 「災害レポート
      令和元年九州北部豪雨(佐賀県大町町)」

1.はじめに

 2019年は全国各地で風水害が非常に多い年になりました。今回は令和元年8月の前線に伴う大雨(以下、令和元年九州北部豪雨)で避難所に避難した佐賀県大町町にあるグループホームの事例をお伝えします。

2.令和元年九州北部豪雨による人的・物的被害(表1)

 特に佐賀県、その中でも武雄市(床上浸水と床下浸水の合計が887棟)と大町町(床上浸水と床下浸水381棟)の被害が甚大でした。大町町では鉄工所の油が流出し周辺に影響を与え、近くにある順天堂病院(介護老人保健施設が併設)も浸水し一時250人が孤立する状態になりました。


3.一般の避難所に避難したグループホーム「ほほえみ荘」

 8月28日、前日から降り続く大雨により大町町のボタ山の斜面が崩落(写真1)。その影響を受け、8月29日にグループホーム「ほほえみ荘」(写真2)の入居者16人が全員避難所に避難しました。避難先となった福祉保健センターには地域住民も避難しており、入居者の生活環境は大きく変わりました。


 避難当初はベッドも無く、普段ベッドで生活している入居者も布団で過ごしていたそうです。避難の翌日には発熱や嘔吐、褥瘡などの問題も発生。また、認知症の方が避難所外に出てしまい、一時捜索するなどの混乱もあったということです。

 その後、外部からの支援でダンボールベットが入り、9月2日には自衛隊が施設から介護ベッドを運びだすなど徐々に避難先の環境整備が進みました。一方、この時点で入居者の一部はほほえみ荘の母体病院へ避難することとなり、避難先は2つに分かれました。

 各避難先での生活は9月9日まで続き、その間のケアは外部からのボランティアも受け入れながら対応をしていましたが、避難先が2つに分かれたことで夜勤対応に通常の1.5倍の人数が必要になり、職員の疲弊に繋がったそうです。
※炭鉱で石炭を掘り出し選炭後に残る岩石や商品にならない粗悪な石炭を「ぼた」といい,これを山積みしたものを
 〈ぼた山〉という。出典:百科事典マイペディア

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 筆者は9月5日に大町町に入り、2つ目の避難先となった病院で夜勤支援に入りました。(写真3)ほかの系列病院では殆どベッドが空いておらず、今回の避難者受入れの為に一部屋を開けて調整したということです。また、ベッドの数も足りなかったため、ダンボールベッド(写真4)や子ども用のベッドを使うなど緊急的に環境を整備し、4人部屋に一時7人の方が入り生活を継続していました。(ちなみに、東日本大震災や西日本豪雨でも同様に居室の定員を超過した受入れが必要になりました)

 

4.段ボールベッドの使用感

 避難所に設置されるダンボールベッドには、要介護者にとっていくつものメリット(資料1)があります。しかし、介護のしやすさには配慮されてはいない為、介護者の負担増に繋がっているようです。

 ダンボールベッドの高さは約40cmであり、一般的な車いすの座面の高さ(38~45cm)とほぼ同じです。一方、介護ベッドは機種によりますが25cm~60cmで高さの調整(実際にはマットの厚みもプラスされます)ができ、介護者の身長などを考慮して負担の無い高さで対応する事ができます。またダンボールベッドには柵が無い為、転落のリスクがあります。壁際に配置したり、横並びに配置したりするなどの配慮が必要で、介護場面での活用には課題も多いのが現状です。

 筆者が夜勤支援に入った際もダンボールベッドが横並びに配置されていた為、介護者が入るスペースが狭く、結果として床に寝ている人を介護するような状態になっていました。実際職員さんからも"腰への負担が増大している"というお話をお聞きしました。また子ども用ベッドについても、布団で生活するよりも環境的には良いのですが、ダンボールベッドに比べ高いため、オムツ交換や移乗の際に介護者の負担になっている様子が見られました。

 特に移乗の場面では力を要するため、女性スタッフでは対応が難しく、男性職員の負担が増大する要因にもなったようです。

 

5.避難先での食事について

 食事は入院患者と同じフロアで実施するのですが、グループホームの入居者に適したものは備蓄されていませんでした。その為、自分で食事が出来た入居者も、今までの様にしっかりと食事をすることが難しかったようです。

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 9月7日にぼた山崩落リスクによる避難指示の解除があり、ほほえみ荘の入居者は9日に施設にもどる事ができました。いつまで続くかわからない避難先での生活やその状況に対し、職員の不安やストレスは高まっていましたが、「9日で帰れる」という情報に安堵する職員の様子が見られました。

6.平成30年7月豪雨(西日本豪雨)との共通点

 筆者は、2018年の7月6~7日にかけて発生した"平成30年7月豪雨"の際に被災した広島県の特養や岡山の小規模多機能事業所に支援に入りましたが、今回の状況と共通する事が見えました。それは次の3点です。

・環境の変化が利用者の状態悪化につながる
・避難拠点の分散化が職員の負担を増大させる
・今後の見通しが職員の不安に影響する

1)環境の変化

 避難先でベッドや介護用品などが無い事が、利用者の状態悪化や職員の負担の増大につながります。西日本豪雨で被災した広島県の特別養護老人ホームでは、一人部屋を2人で利用していました。さらに、避難当初の布団での寝起き、準備された車いすが体に合っていない、拘縮予防のクッションが無いなど福祉用具の不足も多く見られました。

 同施設では避難後1~2ヶ月の間に3名の入院者があり、結果3名の方がお亡くなりになりました。(災害関連死の申請をされ一部認定されました)また、岡山県では小規模多機能の事業所が公民館へ避難し数ヶ月生活しましたが徘徊センサーが無かったため、利用者が一時外に出てしまい捜索するなどの混乱も見られました。普段ケアをしている場面から環境が大きく変わる事で様々なリスクが生じる事は共通しています。

2)避難拠点の分散化

 前述の広島県の施設でも2つの拠点に避難したことで、夜勤者が2倍必要になり非常に大きな負担となりました。また、環境が違う避難先での夜勤はキャリアの浅い職員では難しく、結果限られた職員に夜勤が偏ります。そして、限られた職員は通常の倍近くの夜勤回数になり、またそのしわ寄せが日中帯の人員配置にも影響を与え、日中帯に力のある職員が少なくなり、判断ができないことやその状況のよるストレスが発生していました。

3)今後の見通し

 佐賀県の事例では2週間近い避難生活でしたが、9月5日時点で施設に戻れる目途が立ち、職員の不安軽減につながりました。一方、広島県の事例では1ヶ月経過後も今後の見通しが立てられない状況があり、そのことが職員の不安やストレスに繋がりました。

 広島県の支援に入った施設には1年経過した2019年の9月に再度ヒアリングに行ったのですが、表情や言葉遣いなどはその当時と全く違って穏やかでした。この変化に、災害時のストレスの強さを感じる事ができました。

7.まとめ

 各地で風水害が相次いでいます。施設に被害が無くても、一時的に避難しなければならない場面は今後も増えていくと思われます。避難に関しては、避難経路と避難先の安全の確認、実行のタイミングが最も重要ですが、中期的には避難先の環境が入居者や職員に大きな影響を与えます。災害時の特別なことでは無く、通常のケアの視点で環境整備ができる備えを進めて頂きたいと思います。