当法人は徳島市のベッドタウンとして発展してきた、人口約4万の板野郡藍住町にある。平成26年当時、私は法人内の48床の整形外科病院(回復期リハ病棟30床、一般病床18床)で医療連携室の相談員として勤務し、近隣の急性期病院から転院されてくる患者や家族へ入院生活についての説明、治療の状況について把握する仕事を行っていた。

 その年、厚生労働省の事業である「人生の最終段階における医療体制整備事業」に参加することになった。この事業は、本人や家族の意思を尊重することで、良かったと感じられる人生の最終段階を迎えられるように、本人・家族や医療スタッフが一緒になり考えるものである。詳しくは、特集の部屋にある白山靖彦氏ほかの「高齢者のアドバンス・ケア・プランニング」を参照されたい。

 さて、本事業への参加は公募によって行われ、全国から10病院が選出された。当院以外のほとんどが大都市圏の大病院であり、田舎の小さなリハビリ病院である当院の場違い感は歪めなかった。しかし、リハビリテーションを主とした当院が、参加できたのには理由があった。約30年前より、「事前指定書」という、患者本人の意思疎通ができなくなる前に「意思疎通ができなくなった時にどのような医療を望むのかまたは望まないのか」を書面に残す取り組みをしていた。例えば、癌治療に対して積極的治療の継続か、痛みや 苦痛を取る緩和ケア中心にシフトするのかとか、集中治療室で受ける医療、受けない医療、鎮痛剤の使い方、回復の見込みがある場合の治療、無い場合の治療といった内容である。こうした長年の取り組みが評価されたのである。尚、現在の事前指定書は、老衰や回復の見込みがなくなった時、あるいは予期しない急な心停止時などの処置について、医師や家族と相談しながら記載していくようになっている。

 この事業に参加するにあたってまず、EOL(end of life)委員会を設立し、EOLやアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の研修を受けたスタッフが中心となり、終末期医療の選択を支援する体制づくりに着手した。また、入院患者に対し、今受けている医療についての理解度や希望する療養場所、困っていること、もしもの時の生命維持に関する要望といったことについてアンケートを行なった。つらいリハビリをしてこれから元気になって家に帰ろうと希望をもって頑張っている方に「将来、生命の危機に瀕したときにどんな治療をお望みですか?」と縁起でもないことを聞くわけである。怒られないかとひやひやしながら行ったが、意外と、本人へのアンケートでは積極的に集中治療や心肺蘇生を受けたいと思っている方は少なかった。一方で、家族は「心臓が止まれば心臓マッサージをするのが普通」と思われている方が多くいた。つまり、当人は心肺蘇生を希望しないが、家族は心臓が止まれば、医療者が心臓マッサージを当然するものだという認識をもっていたのである。生きるか死ぬかの最終段階での医療について患者やその家族は正しく理解していない事に衝撃を受け、患者や家族に理解していただく場を設ける必要があると思った。

 ACPの概念から考えると、最終段階の医療の選択だけでなく、経管栄養や投薬といった医療行為や入院治療のこと、介護施設や自宅での療養のこと、本人の置かれている状況から将来どういった選択肢があり、どんな益、不益があるのかを理解しておいてもらうための場を設ける必要があると、チームで話し合った。まずは、患者・家族に関心を持ってもらうために「人生の最終段階における医療」についての講演会を幾度となく開催した。講演会は、講義だけでなく、具体的にイメージしていただくために、寸劇を取り入れてたりするなど工夫した(写真1)。

写真1:講演会の中で行われた寸劇


 講演会の反響は大きく、特に終末期医療、延命治療に興味を示される方は多かった。非常にたくさんの方に聴講していただいた結果、「自分はぴんぴんコロリで逝きたい」「無駄な治療はしてほしくないと家族にも伝えた」「早速、事前指定書を書いてみます」など多くのご意見を頂いた。反響が大きかったことは嬉しかったが、その一方で私は相談員として腑に落ちない事もあった。例えば、最終段階の医療を「無駄な医療」と言う方がいたが、それはその人の価値観であり、さらに全てが無駄かどうかはわからない。また、「私、この間の講演を聞いて事前指定書に心肺蘇生を行なわない(DNAR)を表明していますから、何もしないでください」と言う方もいたが、相談員の立場としては、やはりその人がどういう思いがあってその選択をしたのかが分からないと本当にその決定を支援してよいものかどうか不安になった。延命治療はしないで下さいと一筆、公正証書にしたためられていた方もいた。お話を伺うと、その方にとっての延命治療とは、脳死状態になった以後の治療のことを指していた。この方は、肺炎リスクが高い方だったが、肺炎治療のためなら人工呼吸器を装着してもOKなのか等、様々な疑問が湧き上がってきた。

 こうした事から、講演会ではなくサロン形式で意見交換する場を持ったらどうかということになった。このため「楽カフェ」と銘打って、医療の益・不益を始め、ケースバイケースで必要なことをお伝えしていくためのお茶会をスタートさせた。

 最初はグリーフケアを目的に参加者を募った。病院に隣接する法人内の老人保健施設でお亡くなりになった方の家族に声をかけ、身内の看取りの経験とご自身の時には自分が望む最期をどう迎えるかをテーマにして意見交換をした。初期は6~7名の参加者からはじまったが、参加者が顔見知りの方が多く、和気あいあいとした雰囲気で行った。

 その後、「事前指定書の書き方」、「老衰における身体の特徴」、「終末期の鎮静」、「日本における積極的安楽死における裁判」、「入院時の身体拘束や人工栄養など」などをテーマに行った。また、在宅医の講演会のDVDや砂田麻美監督の映画「エンディングノート」を鑑賞し、鑑賞後に自由に感想を言い合いながら、また質問などにも答えつつ進めた。また、介護施設、サービス付き高齢者住宅の見学会なども行った。最近は、終活やテレビの健康番組など高齢者が関心の高い番組を見ながら、「お墓のこと」、「残される家族に今伝えておきたいこと」、「財産や相続」、「最後の療養場所」、健康や認知機能の維持など、参加者の希望や最近のトピックを中心に行っている(写真2)。

写真2:楽カフェでの事前指定書の説明風景


 参加者募集は、ポスター(表1)を院内に掲示したりしましたが、知人友人から噂を聞いたといった口コミで参加される方がほとんどで、10名程度で開催している。反響もあり、地元の徳島新聞でも紹介された。



 楽カフェの司会役やコーディネーターは相談員、看護師が行っている。その時のテーマによっては、薬剤師やリハビリ職員が行うこともある。当初は、月1回のペースで行っていたが、現在は2か月に1回の開催になっている。1回の時間は1時間半としているが、毎回話しが盛り上がり過ぎて、予定時間で終了できたことはほとんどない状況である。

 私は楽カフェで最初に知り合いの体験を紹介している。知人の親は入院時、医師から「PEGを造設しないと1週間で死にます」と言われたそうだ。知人は、しぶしぶながら了承したが、術後1週間で亡くなってしまった。知人は深く後悔をした。昨今、「PEGは延命治療するための悪者」のような言われ方をするが、この話をする時は、決してそうではないことを予め参加者に伝えている。知人の親が1週間で亡くなられたのは結果であり、知人はそれ自体は受け入れていた。知人が後悔しているのは、その時PEGを造設するのが最善の選択だったかどうかを医師や病院スタッフと十分に話ができなかったこと、そして親と事前に最終段階での医療について話し合っていなかった事であると説明している。楽カフェでは納得して最善を選択することができるよう、今の自分の気持ちを専門家や家族と十分に話し合うことが一番重要であることを最初にお伝えしている。もしも私の知人も楽カフェに参加してもらっていれば、また違った思いが残ったのかもしれない。